マンハッタンSTORY

波乱万丈人生半世紀。NYから本音情報お届け中。

国際恋愛は難しい、結婚はもっと難しいかも。散々だった年末年始、マンハッタンから。

2週間以上、沈黙。NYはマンハッタンの私でした。

プライベートで色々、あり、久々にど〜〜〜んと落ち込んでいた次第です。

私の大好きな場所、こちら「はてなブログ」にさえアクセスしなかったほど。

その間にクリスマス、ニューイヤーズ・イブ、ニューイヤーとニューヨークはお祭り騒ぎの中、私はまさかのひとりぼっち、落ち込んで、泣いてたという。

 

タイムズスクエアも歩いて行ける距離に住みながら、カウントダウンの瞬間もベッドに入って布団を被り、、でもその前、夕方に

さすがにこれはまずいだろ、と、一人でコロンバスサークルに大晦日の夕方、ワインを飲みに行きました。

下の写真がそれです。

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私以外は、お祭り騒ぎの家族、観光客、カップル。

一人でこんな日にワイン飲んでるのは、私だけだったという。

セントラルパークが一望できる最高のバーで、こんな感じでワインを。

感傷に浸りながら。ちょっと涙ぐんでみたり。

 

お正月?

目玉焼きとトースト🍳、コーヒーだったという。

要は、何もヤル気が起きなかった。「失われた2020年お正月」。すでに記憶にもほぼない、私の人生史上歴史的悲惨な「2020年元旦」となりました。

ふと気づけば、冷蔵庫も空っぽ、ろくろく食べていなかったので、げっそり痩せてしまった姿に愕然。

力を振り絞って、元旦から、よろよろと地下鉄に乗ってお買い物。

世の中、悪いことばかりじゃない!と思わせてくれたのがこの写真の彼女。

クリスマス気分もまだ抜けきらない、こんな楽しいヘアースタイル。

地下鉄の従業員なのはユニフォームのMTAロゴから分かりますね。

さすが、ここはニューヨーク!思わず笑顔になった私でした。

 

 

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過去記事にニューヨーク地下鉄ショーについても書いてます。

www.waku2-ny.com

 

 さて本題。

 

クリスマス直前の別れ

私はクリスマス直前に、2年間同棲していたアメリカ人相棒と、喧嘩になって

まさかの別れ、になったのです。彼は郊外の別荘に出て行った。私はNYに一人残り。

 

このまさかの別れ、本当に心から血がだらだら流れるように、痛く、辛かったのですが、悪いことばかりではありませんでした。

 

なぜ?

 

自分をしっかり見つめなおせたこと。人間50歳にもなると、自分のやり方、型、にはまって、そのやり方を相手に押し付けようとしていたこと。

自分への驕り。柔軟性のなさ。思い込みの強さ。

もう、欠点の山に直面しました。

きっと、彼も然り。のはず。

お互いに、小さな摩擦が日々積み重なり、酔った勢いで、とうとう爆発してしまった。

喧嘩の仕方で本性がわかる

これは、万国共通かと思います。

頭に血が昇っている時に冷静になれ、と言うのも無理なのですが、

 

「思っていることを全部ぶちまければいいってことじゃない。」

 

相手を痛め付けたい=自分を正当化したい、その怒りが先に立つと、取り返しのつかない発言に繋がる。

お恥ずかしい限りですが、私も彼も、いい歳してその発言をやらかしてしまいました。

私は50歳、彼は60歳。そんな彼の本性を2年も経ってみた。衝撃でした。

彼も同じだったと思います。

本当に相手を理解するには3年必要

彼との歴史は2年半。お互い離婚経験者。いろんな傷も負っている人生。

子供はお互いに成人している。彼に至っては昨年、お孫さんも誕生した。

バックグランド? 彼はアメリカ東海岸生まれのアメリカ育ち。

私は、23年在米だと言えど、生まれも育ちも日本。前の夫も日本人だった。

そんな文化の違う私たちが、偶然に出会い、恋に落ち、お互いをパートナーと認識できた、確信を持っての同棲開始。

お互い相手を理解している、”つもり”だった。

そんなところへ、まさかの”別れ”。それも、相手がそんなことを思っていたとは

微塵も考えていなかった、今思えば、恐怖でさえある、喧嘩の際の”爆弾発言”。

2年経っても知らなかった彼の一面。愕然としました。

国際恋愛に必要なこと

言語

まずは言語です。間違いない。

私も米国に23年も住んでいる、英文科卒(大昔)、だったのも幸いして、英語に不便を感じていなかったのですが、実際、彼と暮らしてみて些細なことをネイティブレベルで伝えることが、こんなに難しい。出来ない。そんな自分に落ち込みました。

コミュニケーション能力、これがお付き合いする相手への第一条件だった私。

とことんコミュニケーションが出来なかった=話し合えなかった、それが離婚につながった、過去の教訓を活かしたかったから。

それには、言葉で伝えないと、話さないと、絶対に分かり合えない。

私たちは、「マインドリーダー(超能力者)」じゃないのだから。

そのコミュニケーションツールである ”英語” 、片方が万能じゃないこと。

その言葉の壁による、思い込み違い、勘違い、微妙な理解力の相違、あったんだと思います。

私はとことん語り合いたい、分かり合いたい、タイプなので、譲れないポイントが

「会話」なのです。

母国語で話せていた、昔の結婚が無性に懐かしくなったのも事実。

しかし、喧嘩の際はもうネイティブかと言うほど、英語でガンガン討論できる。

不思議ですね。

文化

これ、、、、大きいです。彼の生まれ育った街は、ドイツ系移民で歴史を作ってきた

郊外の街です。

アメリカは合衆国の名の通り、移民によって歴史を築き上げた国。

場所によっては、アイルランド系移民、ギリシャ系、イタリア系、中国系、など住む場所によって、文化も言葉も全く違っているほど、多様な人種が各自の文化を取り入れながら、調和をしてコミュニティを築いています。

それこそ、アメリカ合衆国の魅力と強みなのですが、私と彼のように、全く文化が違う人間同士が付き合おうと思ったら、まず、その文化背景を理解しなくては、まるで「異星人同士」のコミュニケーションになってしまいます。

ドイツ系の彼。ドイツを訪れた人はご存知かと思いますが、堅実、律儀、時間厳守、約束は守る、用意周到で合理的、綺麗好き、整理整頓命、頑固、こうやって書くと、日本人と似ている!

しかし、文化背景も全く違うため、私の常識は彼の非常識だったりするわけです。

そんな軋轢もあったのも事実。

 

後編は次回(疲れてきたので)