マンハッタンSTORY

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復縁とバミューダ諸島(前編)

2020年も始まり、何だかバタバタしていたらあっという間に2月も中旬。

時の流れの早さにびっくりしている今日この頃です。

さて、このタイトル通り、年末に別れた彼と復縁が決まりました。

別れの経緯は過去記事にあげていますので、興味がある方はどうぞ!

 

www.waku2-ny.com

 

復縁になった経緯

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約1ヶ月、全くの音信不通。

最初の1週間は放心状態。上の記事に書いたように、よりよって年末年始。

2020年元旦。コーヒーとトースト。パジャマでヨレヨレのまま。

人生最大の”心の”危機でした。

次に来たのが、怒り。

そして、悲しみ。

事実の受け入れ。

回顧

そして、、、反省。

無性に彼が恋しくなった頃、やはり相手もそう感じたようで、

ある週末の朝、一本の電話が。

ドキドキしながら、出ると、

 

”元気にやっている?会って少し話がしたい。”

 

何とも単刀直入。でも、彼の声を聞いた時、無性に懐かしく、そして

愛しく感じた、心に温かい風がフワ〜と吹いた、そんな感じ。

 

”うん。私も会って話がしたい。”

 

即決で、再会が決まったのです。

 

再会の瞬間

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私の特技は ”動物的直感”

頭脳を使うタイプではない。”直感”、実はこれだけで、結構、色々な人生の大きな決断もして来た、ある意味、後先考えず行動してしまう、無鉄砲な人間。

しかし、ビビッと来る、危険察知能力は、周りの人、仕事場でも定評がある私です。

10年単位の先の事に”危険能力”を察知してしまうので、その時は”無謀な決断”

と揶揄されることもあるのですが、感じちゃうものは仕方ない。(本人弁)

でも、何年か経って、”あの時、そう感じてこの方向に進んだのって、すごいね。”

とお褒めのお言葉も頂けているのも事実。

本人は”動物的直感”のため、避けようのない、不可避な方向性だったと言う、必然的行動、と認識しているのですが、いかがでしょうか?

話を元に戻します。

彼と会う日の朝、

この、私の唯一の「財産=直感」、”最初の1秒”、に賭けてみよう

そう決めて出かけたのです。

過去のお惚気話で恐縮ですが、彼に初めて会った時、運命を感じたのです。

運命的出会い、皆さんはどんな感じだと思われますか?

私は、ビビッとくる、心臓がドキドキする、体温が上がる、

そんなことを感じる、と信じていたのですが、、、

違いました。

彼に初めて会って、目を見た時、

異常に、何とも懐かしい感じがした。

それどころか、

 

”あ〜、こんな所にいたんだね!やっと出会ったね。お帰りなさい。

 

アングロサクソン白人、文化背景も、言語も外見も私とは全く異なる、そんな彼なのに、

無性に懐かしかった。不思議な感覚。

 

” やっと会えたね。”

 

この感覚。人生50年も生きて来て感じたこともなく、不思議な変な感じだったのを

今も鮮明に覚えています。

 

それなのに、まさかの別れに至った。

ダブルショックいえトリプルショック、で落ち込んだ、そんな年末年始だったのです。

 

運命の人だと思った彼と別れを経て、1ヶ月沈黙の後、再会。

私は朝から瞑想などして、心を落ち着けて待ち合わせ場所に出かけました。

 

私は待ち合わせ時間前に到着したいタイプ。5分前に待ち合わせレストランに到着。

それと当時に彼もドアを開けて入って来たのです。

その顔を見た、その瞬間。

”無性に懐かしかった。”

そう。初めて会ったあの瞬間と同じ感覚に襲われたのです。

 

復縁に向けての話し合い

再会の瞬間に”復縁”は確信したのですが、やはり、良い歳した大人が喧嘩別れした、

この事実はきっちりと冷静に見つめ、改善策を見出したい。

同じ過ちを繰り返さないために。

そのための改善策、妥協点、反省点。

この3点について、じ〜っくりと、何時間も話し合いました。(レストランの方にはいい迷惑でした。ごめんなさいね。)

 

具体的な話の前に、まず、これを皆さんとシェアしたい。

思わず、ガハハと笑いそうになったのをグッと堪えた私ですが、、、、

(意地の悪い私です)

実は、

 

彼は、かなり!、孤独で、一人で、ものすごく、寂しい時間を過ごしていた模様。

 

そして、彼は、なぜだか、私もそうだったと疑いもしていない、そう言う前提で、色々と話しを進め始めたのです。

 

え?

 

わたし? 

 

全然。

 

最初の1週間は泣いたり、落ち込んだり、情緒不安定の日々でしたが、

すぐに、”すっかり” 立ち直り、人生一度きり、泣いて過ごしちゃ損、そんなとこまで態勢を立て直し、その後は、お誘いを受ければいそいそとデートに出向いたり、

友人とバーに行ったり、最近ずっとご無沙汰だったジャズバーに出向いて私の大好きな

ラム酒(大好きなのですよ)を片手にジャズの音色に酔ったり、ちょっと贅沢にオペラなどにも一人で出かけたり、と。

もっと、凄いのが、ベッドにスナックを持ち込んで、寝っ転がって、Netflixで映画を”好きな時間”に観ながら、お菓子ボリボリ、バリバリ。

そんなだらしない、格別なことも、一人なら、自由気ままに出来ちゃう!

 

な〜んだ。忘れてた。

 

独身生活、やっぱり、楽しいじゃん。

あ〜、幸せ。ものは考えようだよね〜!

 

そんな独り言もつぶやき、結構、楽しい日々を過ごしていたのですよ。

でも、そんなことは、私の目の前に座って、半分お目目をうるうるさせてくれて、私がいない時間がどれだけ寂しかったか、そんな熱い想いを告げてくれている、そんな彼の前では、言えるはずもなく。

 

一言。

 

”私も寂しかったのよ。”

 

だって、時々は彼を思い出して無性に寂しかったのも、本当ですからね。

 

女は強し。

 

話し合いで判明した事実

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さて、その肝心の話し合い。

お互い思っていることをこの際、全部ぶちまけよう、と言うことに。

喧嘩別れした時に、”え?そんな風に思ってたの?”

と言う驚愕の内容もあったことも踏まえて、相互理解を深めるために全部話そう、と。

いやあ、出るわ、出るわ。

2年も付き合い、同棲もしていた人間同士だと言うのに、

知らないことだらけ!夫婦といえども赤の他人。

この格言を思い出した瞬間でした。

 

過去記事の内容以外に、色々なことが明らかに。

 

まず彼:

実は、彼の亡くなられたお父様が人生のある時期、彼が高校生の頃、

”アル中”だったらしく、それが原因で仕事も失い、お母様が生活を支えてた、

一人っ子ではあるし、かなり辛い高校時代を過ごした。でも、それをバネに自力で

有名大学に入り、おまけに、MBAまで取得し、今の成功に至ったこと。

だから、アルコールに敏感。

それなのに、私はたまに、そうですね〜、年に数回、超悪酔いして、

泣いたり、悪態をつく

それが耐えられない。と告白してきたのです。

 

私?

 

まさか、彼にそんな過去があったとも知らず、たまの悪酔いくらい、ご愛嬌、などと

とんでもない勘違いをしていたと言う!

猛省しましたよ。女の酔っ払いは醜い、理由はなんであれ、それは事実なので、

今後、気をつけるように、お酒は楽しく嗜むことを約束しました。

 

次に私:

いつも気になっていたこと。

彼が話す時、将来のこと、未来の計画、についてなど、

主語が

”僕たち”

ではなく、

”僕”

なぜか単独。

全部ではなくとも、8割以上がそう。と私は感じていた。

2年も付き合い、同棲までして、彼は私と同じ未来を見据えていないのだな、と

感じざるを得なかった。そう決めつけたいた日々。

だから、ある意味、刹那的な日常生活だった。

意見の相違が起こった時も、それゆえに、行き着くとこまで行く、

そんな投げやりの喧嘩になった、と自己分析。

この話をしたら、彼は目を真ん丸くして、

”君はそんなことを思っていたのか?”

とびっくり仰天でした。

もちろん、彼はそんなつもりは毛頭もない、それどころか、私たちの生活大半の部分を経済的に支え、自分のファミリー、子供や初孫にも会いに一緒に旅に出かけ、

”将来を考えられない女性を家族行事に連れて行くわけないじゃないか!”

と半分怒り顔さえ。

でも、

 

”僕は一人っ子で育ったせいか、人との関わり方が下手なのは認める。

悪気はないのだけど、殻にこもってしまう性質もあるみたいだから、それが言葉に出るのかもしれない。

今後気をつけるね。”

 

二人の認識:

お互い最後の人生後半を一緒に歩める、そう認識できたから二人は一緒にいる。

関係をもっとよくできるよう、今後は何かあったら、お互いを信じで話し合いを持とう。

信頼って?

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ことのつまり、

お互いに信頼していなかったから、思ってた疑問や不満を話せなかった。

そう言うことだと思うのです。

お互いに信頼があったら、

”こう言うところ、いやだから辞めてね。直してね。”

言えたと思うのです。

信頼を構築できていなかった、だから、言えなかった、もっと悪化する。

負の連鎖に陥っていたこと痛感しました。

最後に、やはり、これ ↓

 

”冷却期間=ショック療法”

 

これがキーポイントだったのだと思います。

お互いクールダウンして自分を見直す期間、これが、復縁に至った理由だと。

次回は復縁記念&私の誕生日を兼ねて、バミューダ諸島に旅行した話を

書きますね〜。

楽しかったですよ〜。人生楽しんだが勝ち。無鉄砲な私の生き様です。